目次
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外国語をやってて、ほんとうによかったなって思うこと
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「ネイティブみたいになるぞ」は幻想かも
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「わかんないなあ」に慣れるって、人生を変えるかもしれない
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勉強の成果を感じたいときにおすすめの遊び
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おわりに
外国語をやってて、ほんとうによかったなって思うこと
いやー、これ、外国語をやってる人ならなんとなくわかってくれると思うんだけどさ。
そもそも、勉強って「わかるようになるため」にするものっていうイメージがあるじゃん?テストの点数を上げるためとか、資格を取るためとか、成果を出すためにやるっていう。それも間違ってはないと思うんだけど、でも外国語だけはちょっと違う気がするんだよね。
ていうのもさ、外国語って「わからない」ことの連続なの。しかもそれがずーっと続く。ある程度できるようになっても、また別の壁がやってくる。やっと文法が見えてきたと思ったら、リスニングで撃沈。リスニングがなんとなくできるようになったら、今度は語彙力のなさに打ちのめされて、そんでもって発音やイントネーションの癖が気になって、なんかもう、終わりが見えない(笑)
それでいて、その「わからなさ」って、めっちゃしょうもないところに出てきたりするんだよ。「ベニテングダケ」とかさ。いやいや、それ中学校の理科でも聞いたことないよ!?みたいな。あと、「いんげん」って単語がふっと出てこなかったり。完全に日常の中にあるのに、咄嗟に出てこないの。自分でもビックリ。
あとね、ずっと自信満々で使ってた単語の発音が、実はずーっと間違ってたことに気づいた瞬間のあの恥ずかしさ!ちょっと顔赤くなるよね。「あれ?そんな言い方じゃなかったの?」「え、そんな強くr巻いちゃダメだったの?」とか、あるあるすぎて。
それでも、そういう「わからなさ」とか「間違い」とか「不格好さ」とかと一緒に歩いていくしかないんだよね、外国語って。なんていうか、「完璧になること」じゃなくて、「不完全なままでも前に進むこと」に意味があるというか。これはね、ほんと大事な視点だと思うんだ。
「ネイティブみたいになるぞ」は幻想かも
ここで思うんだけど、「ネイティブレベルを目指すぞ!」っていうのって、ちょっと危険でもあるんだよね。もちろん、それが目標になるなら全然OKだし、努力の指針としては素晴らしいことだと思うよ。でも、現実問題として、それが「できてないからダメだ」っていう風に自分を責める材料になっちゃうと、すごくつらい。
たとえば、同時通訳の人のエッセイとか読むと、「蛮勇」って言葉が出てくるんだよ。「分野違いの依頼を引き受けてしまった蛮勇」って。あの超絶すごい人たちでも、そうやって日々チャレンジと失敗を繰り返してるんだって思うと、めっちゃ親近感湧くよね。というか、「神の領域」の人たちでさえ、「うわ、わかんない…でもやるしかない!」って思ってるんだから、我々凡人が「わかんない〜〜〜」って言っても全然OKってことじゃん?
実際、僕だって、いきなり「この法律用語を説明してください」って言われたら、日本語でも無理だし。工業系の専門用語とか、専門外の分野は本当にちんぷんかんぷん。でもさ、それって別に「頭が悪い」とか「努力が足りない」って話じゃないよね。知らないことは知らないし、専門外なだけ。
だから、「わかるようになるぞ!」っていう目標は、「今日出会ったこの謎単語を調べて、意味がわかるようになる」とか、「この一文の構造をちゃんと理解できるようになる」っていう、小さなところに設定しておくのがいちばんいい。そこなら、手が届くし、達成感も得られるし、なにより、進んでる実感がある。
「わかんないなあ」に慣れるって、人生を変えるかもしれない
これ、ちょっと大げさに聞こえるかもしれないけど、ほんとにそう思ってる。「わかんない」に慣れるって、外国語だけじゃなくて、人生全般に効くスキルなんだよ。
たとえば、誰かが言ってることがわからなかったとき、昔の自分だったら、「聞き返したら失礼かな…」「恥ずかしいな…」って思って、適当に相槌打っちゃったりしてた。でも、外国語で何回も「わかりません」「もう一度お願いします」って(心の中で)言ってきたおかげで、そういうの全然平気になった。
今じゃ、職場でもコンビニでも「すみません、それってどういう意味ですか?」ってサクッと聞けるし、後輩に対しても「ごめん、これ教えてもらえる?」って自然に言えるようになった。なんなら、自分より若い人に聞くことに全然抵抗がない。むしろ、「教えてもらってありがとう!」って思うようになった。
これ、めっちゃ生きやすいよ。自分が知らないことを恥ずかしいと思わなくなるし、相手にも「知らないことがあるのは当たり前」っていう目線で接するようになるから、偉そうにならない。結果、いろんな人といい関係築けるようになる。
勉強の成果を感じたいときにおすすめの遊び
でね、最後にちょっとした遊びを紹介したい。
スマホでもパソコンでもいいから、海外のホテルの公式サイトとか行ってみて。で、言語選択のところで、自分がこれまでまったく勉強したことのない言語(アラビア語とか、タイ語とか、ハンガリー語とか)にしてみてほしいの。すると、ほんとに、まったく何ひとつわからない、異世界みたいな画面が出てくるはず(笑)
で、次に英語に切り替えてみると、「あれ?これなら結構読めるかも?」ってなるんだよね。それで、今まで感じたことなかった「自分、結構わかるようになってるじゃん!」っていう達成感がふっと湧いてくるの。英語の文章だって、昔はこんな風にまるごと意味不明だったはずなのに、今じゃざっくり内容がつかめる。
そういう小さな「気づき」とか「成長の実感」って、大事にしたいなあって思うんだよね。勉強を続けるモチベーションにもなるし、自分のやってきた時間がちょっと報われる瞬間でもある。
おわりに
ということで、今日は「わからないことに慣れる力」っていう話を、外国語学習を通して語ってみたんだけど、どうだったかな。
もし今、外国語を勉強してて、「なんか進んでる感じがしない」「ずっとわからないままな気がする」って思ってたら、それって実はすごく大事なステージにいるんだと思うよ。むしろ、そこで踏ん張った人が、あとあとめっちゃ強くなる。
「わかんない」「むずかしい」「全然できない」って思ってるときほど、実は一番勉強になってるんだよ。だから、自信なくさずに、ゆる〜く、でもちゃんと続けていこう。完璧じゃなくていい。不格好でもいい。そういう積み重ねが、気づいたら「わかる!」に変わってるからさ。
じゃ、今日はこのへんで。また書くね〜。