中学生の頃から、ずっと「英語ペラペラになりたいなぁ」って思ってた。そんな気持ちから、当時からちょこちょこ英語の勉強法に関する本を読んでた。まだ英語をちゃんと話せるわけでもないのに、「どうすれば話せるようになるか」ばかり気になってたんだよな。今思えば、ちょっとませてたなぁって思う。
その頃よく見かけた勉強法のひとつに、「映画で学ぶ英語」っていうのがあった。なんか、それがすごくカッコよく見えた。勉強っぽくないのに、ちゃんと学んでる感じがして、憧れみたいなものがあったんだと思う。
ちょうどその頃、カナダに短期留学に行ったことがあったんだけど、そのときの現地コーディネーターの女性のことが今でも印象に残ってる。彼女は見た目30〜40代くらいの小柄な日本人女性で、名前は早川さん。キャリアウーマンっぽくて、キリッとしてて、かっこよかった。英語はそんなに得意じゃなかったらしいけど、中国語がペラペラで、その語学力を活かして留学サポートの会社に入ったんだって。
あるとき彼女が、「DVDの字幕を中国語にして、映画を観ながら中国語を覚えたんだよ」って話してくれて、それを聞いたとき、なんかすごくいいなって思った。今思い返しても、なんであんなに感動したのか、自分でもよくわからない。ただ、なんか心に残ったんだよな。
でも、よく考えてみたら、僕、当時は映画をほとんど観てなかったんだよ。『ドラえもん』とか『クレヨンしんちゃん』くらいが関の山で、大人向けの映画は全然興味がなかった。親は毎週日曜にTSUTAYAでDVDを借りてきて、よく映画を観てたけど、一緒に観るのもなんか気まずくて、僕はいつも自分の部屋にこもってた。
それでも、「映画で語学を学ぶ」っていう発想にはずっと惹かれてた。自分とは違う世界にいる人たちが、カッコよく外国語を話してるように見えて、そんなふうになりたいって思ってたんだろうな。
高校に入ってからは、ちょっとだけ映画との距離が近づいた。演劇部に入ったのがきっかけで、「ディズニー映画って演技の勉強にもなるんじゃないか?」って思ったんだよな。ディズニー映画なら、親の前でも気まずくないし、英語の勉強にもなるかもしれない。そんな期待をこめて、TSUTAYAで借りてきては、英語字幕に切り替えて何度も観た。
なかでもお気に入りは『ポカホンタス』だった。正直、登場人物に強く惹かれたわけでもないし、ストーリーもそんなにピンと来てなかったと思う。でも、「アラジンのスタッフが贈るミュージカル」っていう宣伝文句がやけにかっこよく感じられて、それに惹かれて手に取ったのかもしれない。ミュージカル風の歌があって、雰囲気はとても好きだった。
ただ、今思えば、当時はまだ「洋楽って音節ごとに音をあててる」ってことすら知らなかったから、聞き取るのがとても難しかった。今だったらスマホでさっと歌詞検索して、意味も調べられるけど、20年前はそんなに簡単じゃなかった。DVDを一時停止して字幕を確認して…って、正直、けっこう大変だった。
それでも、「映画で英語を学んでる自分」っていうのが、なんかかっこよく思えたんだよな。実際にはあまり身になってなかったとしても、憧れだけはずっと消えなかった。
大学に入ってからは、ちょっと変わった方向から映画に近づいていった。あるとき、女優・桃井かおりのエッセイにハマって、彼女が出演していた映画『SAYURI』を何度も観た。だけど、これもやっぱり「英語の勉強になったか?」といえば、うーん…という感じだった。なんだかんだで、僕は映画で語学を学ぶのが得意じゃないんだろうなって思う。
そして30代になって、今度はフランス語をやってるときに、今度こそ映画で学ぶぞ、と思って、プライム・ビデオで『ココ・アヴァン・シャネル』を観ることにした。でもやっぱり、聞き取れるのは自分がすでに知ってる単語だけで、未知の表現はまったく入ってこない。
そのときに思ったんだよな。ああ、自分は映画を通して外国語を学ぶには向いてないタイプなんだなぁって。そもそも、映画をじっと座って観ていられない性格だし、途中で止めたくなったり、気が散ったりしちゃうんだ。
それでもね、それでも、「映画で学ぶ語学」への憧れは、なぜかずっと残ってるんだよ。不思議だよな。しかも最近は、「映画好きな人」に対する憧れすら出てきてる。
映画好きって、なんかすごく教養があって、感受性も豊かで、おしゃれで、ちょっとミステリアスで、そういうイメージがある。そういう人になりたい気持ち、どこかにあるんだと思う。
僕のメインの語学学習法は、洋書の多読。これもこれで十分かっこいいとは思ってる。でも、洋書好きには映画好きにあるような「華やかさ」がちょっと足りない気がするんだよな。たとえるなら、洋書は静かな図書館、映画はきらびやかなレッドカーペット。
映画で語学を学べる人、映画が好きな人。そのどちらにも、ちょっとしたあこがれを抱きながら、今日も僕はこそこそ本を読んでる。